三川のおじいちゃん

出張でとっても遠いところに行きました。
朝の5時半に出たのですが、帰宅は夕方。。。
前回は、ほぼ伊勢崎でしたが、今回はほぼ銚子です。

お客様は昭和9年生まれの87歳。
周囲に何もない知らない景色に心細くなりながらも、なんとか到着したら、静かで優しいおじいちゃんが迎えてくれました。
微笑みながら「道は混んでなかった?」「朝早くから大変だったね。」と声をかけてくださって、まるで亡くなった自分の祖父のようでした。

書類のコピーが欲しかったのですが、近くにコンビニがなく、道案内をしていただきながら、一緒にドライブしてコンビニにいったんです。そこでも「(コピーの)お金はある?大丈夫?」って心配してくれました。(笑)

行きかえりの車の中で、色々なお話をしてくださいました。
小林:「(もともと横浜だったのに)こっちにお引越しされたのは、何か縁があったのですか」
おじいちゃん:「退職した時、妻がこれからはこっちに住みたいと言ったんだ。妻が子供の頃に疎開してきて過ごした場所なんだよ。当時都会ではお腹いっぱい食べれなかったんだけど、まだこっちの方はお腹いっぱいご飯が食べれんだよ。私は、ここは縁がある土地ではないけれど、妻がそういうから、ここに家を建てたんだ。」

おじいちゃん:「リアイアした後も横浜とこっちと両方の家を行ったり来たりして生活したんだよ。国内も外国も、よく遊びにいってたから、羽田の時は横浜の家、成田の時はこっちの家で泊まってから空港にいったんだよ」

おじいちゃん:「このあたりも10年前の震災の時津波が着て、体育館で寝泊まりしたんだよ。車の中からでも、ここの海が一面キレイに見えていたんだけど、津波の後コンクリートの壁ができて、今日は海を見てもらうことができないねぇ。。。」

本人確認の為に、マスク外してとお願いすると、すごく恥ずかしそうにはにかみながら外してくれたのが、本当に可愛らしいおじいちゃんでした。

戸建てにお1人暮らしで、お子様は大阪と沖縄にお住まいなのだそうです。
コロナでもう1年半、孫にも子供にも会っていないけど、次きた時の為にこれを見せるんだといって大事にもっていたものを見せてくれました。

お身体は大丈夫ですか。と聞くと、「全然大丈夫じゃあないよ。痛い所ばっかり!あはは」って笑ってたけど、心細くなったり、寂しくなったり色々ありますよね。それでもニコニコ穏やかに生きていることが、強いと思いました。

仙人みたいに、穏やかで優しいおじいちゃんにお会いして、自分は普段なんとイライラしたり焦ったり怒ったりしてるんだろうと思った。そして、おじいちゃん、近くだったら訪問できるけど、せめてお電話でもできたら、、と思いました。

帰り道、現地のコンビニに、牛乳瓶に入ったヨーグルトがありました。小学生の時、給食の牛乳は瓶でしたが、このフタを集めるのがはやったんです。色んな柄のフタを皆袋にいれて集めて、1対1でひっくり返すゲームをして勝った方がフタをもらうという遊びを、みんな夢中になってやってました。私はおじいちゃんに牛乳のフタが欲しいと言ったんです。そしたら、おじいちゃんが近所の牛乳屋さんに頼みこんで、まだ使用前のものをどっさり送ってくれました。でも、使用前だから、フタが真っ平すぎてゲームに向かないんです。私はお友達と同じように、ヘリが曲がったやつがいいと文句を言ってました。

長時間の運転て、暇じゃないですか(笑)。帰り道、暇すぎて、おじいちゃんのこととか、いろいろ考えてました。
皆様にもお見せしたいくらいの、山の木々がトンネルのようになった間の道路で、緑が美しい。山の木々に藤の花の紫が重なって、綺麗でした。藤の花は、公園にあった藤棚のイメージでしたが、野生のお花はこんな風に咲くのかと思いました。

それにしても、私のナビ、おかしいのよね。案内の仕方が。近所で使った時、明らかに案内の仕方がおかしいと、うすうす感じてはいましたが、こんなに時間かかるハズない気がします。

「そうさ市」て読むみたいです。

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