民法の歴史(特に相続)

今日は少し歴史の話をしたいと思います。

【民法の誕生】
皆様は、今の民法がいつ誕生したかご存じですか。
答えは明治時代です。

きっかけは開国です。江戸時代鎖国をしていた日本は、江戸末期にペリーの黒船が来たことで開国しますが、なんとも不平等な条約を締結させられました。
※外人が日本で罪を犯しても日本の法律では裁けない(治外法権)
※日本が関税を設定することもできない(関税自主権の欠如)

なんとか近代国家と認めてもらうことが急務であり、その流れで民法の整備も進みました。
フランス民法をベースに作成したものが大反対にあい、その後ドイツ民法を参考に作られています。

【民法の改正】
それが大きく変わったきっかけは戦後です。(1947年昭和22年)
新しい憲法ができ、それを受け民法も大きく変わりました。
今でも細かい改正はありますが、最も大きな変化を遂げたのはこの時です。

戦前の日本というのは、今とは大きく考え方が違いました。
女性はは、無能力者とされ、選挙権もなく、財産を持つことも許されなかったのです。
家の戸主がすべての財産を単独で相続することになっていました。(家督相続)

驚きますよね。

この「家制度の廃止」「男女平等」が当時の改正の大きなポイントです。

今は、相続人はそれぞれ財産を取得する権利があり、だからこそもめることも多くなりましたが、、その発想は戦後になってから生まれたもです。家制度であれば、相続人が何人いようが、相続の度に財産が分割することはなかった訳です。家というものが集団になって権力を持つということがアメリカの脅威だったと言われています。

皆さんの感覚とは大きく違うと思いますが、これはそんなに昔のことではありません。世代でいったら2、3世代前まで遡れば、そういう時代でした。今でも家督相続の登記はあります。

私は完全に昭和の人間です。そして、小学校にあがって初めて担任になった先生は、当時おばあちゃんで、戦前から戦中をくぐりぬけてきた方だったので、戦中教育のようなものを叩き込まれてました(笑)今だと、問題になるようなこともかなりあったと思います。
だから、戦前の時代も、そんな遠い過去ではない感覚があります。そして、いつの時代も社会の制度は変わりますが、その中で生きる人の感覚は共通するものがあると思います。歴史は面白い。

そして、現代、相続人にはみんな権利があり平等といいますが、正確にはこれも違って、現在でも家督相続をしたっていいんですよ。長男が全てもらう代わりに、みんなの面倒をみる。いい悪いではなく、相続人がそうしたいと言うのなら、それは尊重されます。

歴史の最初にフランス民法が最初のモデルとお話しましたが、このフランス民法は王政を脱した市民のための法律でした。根本には「私的自治」「自己決定権の尊重」があります。

ただし、自己決定を尊重する一方、そのおかげで逆に誰かの権利が著しく害されたりすることがあってはならないから最低限の規制と枠組みを作っている法律。それが民法なのだと思います。

かなりの重さで買うのを躊躇しながらも、抱えて電車にのりました。もう、全てが美しいねこちゃんです。フランスの方は、かざらない感じで、おしゃれとか食卓とか飾るじゃないですか。(多分)お花も自然なものをさしたり。そういうのが素敵だなぁと思い、一本のチューリップです。


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