新潟県民の誇り

私は新潟小学校、付属新潟中学校、新潟高校という、名前もそのまま新潟という出身です。が、今ではすっかり東京+神奈川の時代が長くなりました。

今までの人生で、新潟県民であることをものすごく誇りに思ったことがありました。

それは、2009年の夏、甲子園の決勝戦です。新潟代表の日本文理高校が決勝に進んだこともすごかったですが、決勝戦で8回まで4対10だったところ、9回表に5点入れて9対10まで追い上げたのです。9回の攻撃はすごかったです。応援しながら感動がこみ上げてきました。

その少し前まで、新潟県はあまり野球は得意ではありませんでした。不名誉な記録もあったような気もします。

それが、強豪校相手に堂々と闘う姿が、本当にまぶしかった。誇りに思いました。

私が好きなのは、校歌を歌う場面。文理の校歌はいつもじいんとして聞いていました。そして、いつしか暗唱して歌えるように。自分の高校の校歌はとっくに忘れてるのに(笑)

「越後の平野 蒼穹はるか 夢呼ぶ風に 流れあり 青雲万里 翔ぶ彼方 
 四季の試練を 越え行かん ここに吾れ在り 日本文理高等学校」

新潟の冬は、関東に比べて厳しいです。
正直、環境に差がないと言えば嘘になるのではないかと思っています。
でも、野球に限らず、それは誰にでもあるものだと思います。

この校歌が、暗黒の時代だった時に心の支えになりました(笑)
もくもくと試練に立ち向かって、いつか晴れ晴れと胸をはりたいと思っていました。「ここに吾れ在り」というところも大好きです。

最近、母の日もあり、少し昔のことを考えることがありました。
子供を育てると、人生もう一度振り出しから考える、そこでタイムスリップして思い出します。
自分のことを改めて良く知ろうとする、そしてそういえば、子供の頃こういうことがあったなぁ、と思い出す。そして、自分の子供にどんな環境で、何を与えて育てたいかを考える。

結局芯の深いところは、変わっていないような気もします。

私は旧姓が東島という、どこ行っても少し目立つ名前でした。
新潟で東島と同級生だった方、今どうしているかなぁ。万が一、これ見てる方がいたら、是非コメントください!


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